東京・赤坂で四十四年続く串揚げ店、六波羅の三代目です。
毎朝の豊洲での仕入れから、串打ち、揚げ場まで。
コラム「串揚げのはなし」では、厨房で実際に行っている仕事をもとに、串揚げのことをお話ししています。
三代目 北條智大
「串揚げのはなし」の書き手
AUTHOR
六波羅 三代目
1974年 東京都港区六本木生まれ
十八歳で、単身アメリカへ
1992年、渡米。多種多様な業態で働きました。
異なる文化のなかで人と働き、異なる価値観のなかで商売を見る。そこで身につけた国際感覚は、いまの六波羅を支えるもうひとつの軸になっています。
京料理「北條」から、揚げ場へ
2002年帰国後、六波羅で開設した京料理「北條」で、京料理の技と心を修行。その後、初代料理長のもとで本格的に串揚げの修行に入りました。
だしの引き方、その日の湿度に合わせた衣の溶き加減、油の音で上げる瞬間を読む感覚。京料理で学んだ仕事は、素材に味を含ませてから揚げる六波羅の串揚げに、そのまま生きています。

三代目として
2026年、二代目・北條雅子から経営を引き継ぎ、三代目代表取締役に就任。現在は毎朝の豊洲での仕入れから揚げ場まで、自ら立っています。
六波羅流について
STYLE
六波羅の串揚げは、昭和21年創業の老舗串揚げ店「知留久」で修業した初代料理長・山口秀次郎が伝えた、上方流の串揚げがはじまりです。
その技を、三代目と料理人とで改良に改良を重ね、いまの「六波羅流」をつくりあげてきました。素材に味を含ませてから揚げるという考え方は変わらぬまま、味もネタも、進化を続けています。
赤坂という土地柄、外資系企業にお勤めの方や海外からのお客様も多く訪れます。六波羅流の串揚げは、日本国内でも知る人の少ない料理です。ゆくゆくは日本を出て、この味を海外へ。十八歳で海を渡った人間が、四十四年続いた店を受け継いだ理由が、そこにあります。